[たいやきくん」の歌を知っていたら、
1度は肝炎ウイルス検査を!

★肝硬変や肝臓がんで亡くなる人は年間5万人。肝硬変の7割、肝がんの9割の原因が肝炎ウイルス感染による
→輸血や手術の経験がなくても肝炎ウイルスに感染したり、肝機能検査の値が正常範囲でも水面下で病気が進行していたりする場合がある
★肝炎患者の6割の人は、感染原因が不明(C型肝炎の場合)。輸血、血液製剤を受けた経験がない
→1950年代頃は注射器が使い回されたり消毒が不十分だった。感染の可能性あり
★ある感染ケース。貧血検査で注射器を使い回した。針の消毒は行っていた
→B型肝炎の人の後ろ6人目までが感染。感染力が強い
→1958年に予防接種における針の交換の通達がされたが、現実にはなかなか守られず、1980年代まで続いたとされる。「およげ!たいやきくん」の歌をリアルタイムで聴いていた人は感染の可能性はある
※注射器による感染は一例。感染要因は他にもある。なお、現在は医療現場での感染はなく、日常生活でも感染しない
★健康診断の肝機能検査で正常でも「C型肝炎」に罹っている場合がある。気づかないまま悪化し、肝臓がんになるケースも
→ウイルスが免疫細胞を欺き、肝臓が傷ついたサインである酵素が十分に出ない。検査を受けても、異常なしのまま増殖する
→最新の研究で、GPT(ALT)が31以上なら肝臓の異常を疑うべきとされる
★肝炎ウイルス検査を受ければウイルス感染の有無がわかる
→年齢制限がある場合もあるが原則無料で検査を受けられる。自治体に問い合わせを。基本的に、一生に一度受ければ良い

感想
肝臓病=アルコールという印象が強いのですが、実は肝硬変の7割、肝臓がんの9割を占めている原因がウイルス感染。「輸血や手術の経験がないなら大丈夫」と思っていたら間違いで、かつて集団予防接種や静脈内注射で行われていた注射器の使い回しなどにより、気づかないうちに感染し、病気が進行している場合が多いそうです。

振り返って1950年頃。
注射器は使い回しされ、消毒も不十分な状態が当たり前だったそうです。そんな中、当時の厚生省が1958年に通達を出したものの、使い回しは長期間続き、ところによっては80年代まで続いていたケースも。一度の簡単な血液検査で感染の有無がわかります。また感染が判明しても有効な治療法があります。安心を得るため、一度は検査に行ってみよう。
*昔はものがない時代で注射の針も職人の手で一本一本大事に作られていて、定期的に針を研ぐ仕事もあったそうです。その時代の医学には『ウイルス感染症』と言う考え方が無かったか又「大ざっぱな考え方」があっただけだった。物が無く注射筒もガラス製で高価な物だった。一回使った注射針も『シンメルブッシュ』と言う殺菌機(ただ100度でぐつぐつ煮るだけ)で殺菌してから何回も使っていました。針も更にガラス製の注射筒も水道水で洗い、「シンメル」に入れて30分くらい煮るだけで再使用していた時代だったのです。僕が大学院生時代には血友病の子供が来院すると外来で待っていてもらいます。大学の血液銀行でその日に採血した輸血瓶を冷蔵庫内で静かに置いておくと、「血球部分」と『血漿』部分の二層に分離されます。長い針をその輸血瓶にブスっとさして、50ccのガラス注射器で血漿部分を採取しそのまま患者さんに血漿輸血をしていた時代がありました。当時はショックや発熱が起きるのは当たり前だった。そのお陰で僕自身もB型肝炎に罹り死にそうになりずいぶん荒れた時代があった。入院もせず、だるい体と目を黄色にして自分の受け持ちの患者さんの診療に当たっていた。お休みは取れなかった。もちろん月給はゼロ、逆に授業料を納めて当直をさせていただいて殴られていた苦しい思い出。これも父の家で居候をしていたので出来たことでした。医師はサラリーマンではなくて職人なのだと言う考え方(技を盗め)を実践していた時代でした。今の時代は卒業とともに月給が出て研修医になり、専門医になるのが普通になった。僕は何のために医師になってから4年間大学院に残り、お礼奉公1年、国内留学3年間がんばって、医学博士号を頂いた。甲385号『大学院制度になってから385人目の医学博士』になった。この評価は大変低いのが現実でしょうか?。僕は昔の大学院制度のほうが良かったと思っています。強制出張の為に医師不足は無かったし、患者さんとの間には『道』があった。良い時代だったのかもしれないが、事感染症に関しては江戸時代的だったのかもしれない。医者は世間で考えられている程楽ではない。



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